解雇無効のリスクを回避する就業規則
解雇が無効と判断されると、労働契約は解雇日以降も継続しているものとみなされます。その結果、会社は解雇日から従業員が復職するまでの未払い賃金(バックペイ)の支払義務を負います。また、会社は従業員の復職を受け入れざるを得ず、解雇した従業員が職場に戻ってきます。さらに、その従業員から不当解雇を受けた精神的苦痛を理由に慰謝料を請求される可能性もあります。
解雇無効による復職後の職場環境や他の従業員との関係悪化、コスト増大など、解雇無効のリスクを避けるためには、解雇の種類を理解して就業規則上に解雇理由を整理する必要があります。
以下、解雇の種類を説明した後、就業規則で定めるべき解雇理由について解説します。
「解雇」の種類
「解雇」は大きく分けると「普通解雇」「懲戒解雇」「整理解雇」の三種類があります。
普通解雇
「普通解雇」とは、従業員の勤務態度や能力、健康状態など、労働者本人に起因する理由で行われる解雇を指します。これは、懲戒解雇や整理解雇とは異なり、特に重大な違法行為や経営上の理由によるものではなく、通常の労働契約関係における問題に基づく解雇です。
普通解雇に該当する具体的な理由は以下の通りです。
1.勤務態度の不良
・長期または頻繁な無断欠勤や遅刻
・業務命令に正当な理由なく従わない(業務指示の拒否など)
・職場でのトラブルや他の従業員との不和が業務に悪影響を与える場合
2.能力不足
・職務に必要な能力を欠いている場合
・指導教育を行っても改善が見られない場合
3.健康状態の問題
・病気やケガにより長期間労務提供ができない場合
・業務遂行が不可能と医師の診断で判断された場合
4.職務遂行上の適格性の欠如
・配置転換や業務内容の変更を行っても適応できず、会社にとって必要な職務を遂行できない場合
5.労働契約上の重大な違反
・労働契約に違反する行為(例えば経歴詐称など)
整理解雇
「整理解雇」とは、会社の経営悪化などやむを得ない理由で人員を削減する際に行う解雇です。
以下の4つの要件を満たす必要があります。これらを満たしていないと、不当解雇として無効になるリスクがあります。
1.人員削減の必要性
経営上どうしても人員削減が必要であること
2.解雇回避努力
配置転換、役員報酬の削減など解雇を避ける努力を尽くしたこと
3.解雇対象者の選定基準
合理的で公平な基準で対象者を選んだこと
4.労働者への説明・協議
解雇対象者に対して十分な説明を行い、協議を重ねたこと
懲戒解雇
「懲戒解雇」は、従業員の重大な違反行為に対する最も厳しい処分として行われる解雇です。例えば以下のようなものが挙げられます。
・横領や窃盗:会社のお金や物を不正に取得した場合
・暴力行為:他の従業員や顧客に対して暴力を振るった場合
・機密情報の漏洩:会社の秘密情報を外部に流した場合
就業規則に含めるべき解雇事由のポイント
ポイント①:解雇の根拠の明記
就業規則に解雇の根拠を明記することにより、解雇の有効性が認められやすくなります。
就業規則により従業員に解雇理由が周知されることにより、どのような行為が解雇理由になるのかを明確にし、従業員に安心感と透明性を与えるとともに、その効果として解雇が有効であると認められやすくなるのです。つまり、解雇理由になることを認識してあえて行った以上、解雇されてもやむを得ないと評価されるのです。
なお、就業規則の中で、解雇の種類(例:普通解雇、懲戒解雇、整理解雇など)ごとに根拠を明記するようにしてください。それぞれの性質や適用条件が異なるため、それぞれ別の条項を設けて記載する必要があります。
ポイント②:解雇理由の具体性
就業規則には、「どのような行為が解雇に該当するか」を具体的に記載しましょう。抽象的な表現は避け、従業員が読んでも明確に理解できる内容とします。
具体例①:勤務態度に関する根拠
・無断欠勤が連続〇日以上に及ぶ場合
・正当な理由なく上司の指示や命令に従わない場合
具体例②:懲戒事由に関する根拠
・会社の財産を横領した場合
・他の従業員への暴力行為やハラスメント行為があった場合
具体例③:能力に関する根拠
・業務遂行能力が著しく欠けており、再教育や配置転換でも改善が見られない場合
具体例④:業務に必要な資格の喪失に関する根拠
・運転免許が必要な職務で免許取消となった場合
具体例⑤:整理解雇に関する根拠
・会社の経営悪化により人員削減が必要となった場合
※さらに、「なお、この場合には以下の条件を満たすこととする」として、整理解雇の4要件(例:「解雇回避努力として役員報酬削減や配置転換を実施済みであること」など)を加筆すると、より具体的かつ合理的になる。
避けるべき例
・「上司に反抗的な態度を示した」など、主観的で曖昧な表現
・「経営者の意向にそぐわない」など、具体的な業務上の支障が示されていない理由
他方で、すべてのケースを想定して解雇事由を網羅することは困難です。そこで、どのような場合にも対応できるように、「包括的な条項」を設けると、未想定のケースにも対応しやすくなります。
具体例
「その他、労働契約を継続することが社会通念上著しく困難であると会社が合理的に判断した場合」
ポイント③:不当解雇にならないための記載
まず、不当解雇にならないために、就業規則上の解雇理由は、会社の実情に合った内容にしましょう。業種や職種により重要視すべきルールが異なるため、自社の事情に即した事由を追加してください。
具体例①:接客業の場合
・顧客とのトラブルが多発し、改善が見られない場合
・勤務中の不適切な態度や服装でブランドイメージを損なう場合
具体例②:製造業の場合
・安全規則を無視して危険行為を繰り返す場合
次に、労働基準法や過去の労働判例に沿った内容にすることも重要です。解雇理由が労働基準法や労働判例で認められている内容と異なる場合、無効とされるリスクがあります。
合理的理由のない解雇事由を含めない
例:経営者が「気に入らない」など主観的な理由
労働者に不利益すぎる規定を設けない
例:軽微な違反で即解雇するような規定
法令違反の規定を設けない
例:業務上災害での療養期間中に解雇するような規定(労働基準法19条違反)
さらに、運用ルールを併記することをお勧めします。解雇の根拠規定だけでなく、それを運用する際のルールや手続も記載しましょう。
このような記載により、解雇手続の公正性が担保されますし、会社が就業規則を見ながら解雇をすることによって、労働法令に沿った手続を実施することに繋がります。ただし、言うまでもありませんが、いったん記載したルールや手続は必ず遵守する必要があります。
具体例
・「解雇に先立ち、本人に十分な説明と改善の機会を与える」
・「懲戒解雇の場合、懲戒委員会を設置し、事実確認と審議を経た上で決定する」
具体例で解説!解雇理由例
例①:病気・介護など
解雇理由に「病気・介護」などを含める場合は、労働者の生活状況に配慮しつつ、具体的かつ客観的に明示することが重要です。
具体例①:健康状態に関する理由
・従業員が業務に必要な健康状態を維持できず、主治医の診断書に基づき、今後6か月以上の業務復帰が困難である場合
<ポイント>
解雇理由が「病気や健康状態」に基づく場合、医師の診断を客観的な根拠として記載する必要があります。
・業務遂行に著しく支障をきたす疾病または障害を有し、配置転換や職務変更などの合理的配慮を行っても解決が困難である場合
<ポイント>
解雇は最終手段であるため、事前に配置転換や勤務形態の変更などを試みたことを示す必要があります。
具定例②:介護や家庭の事情による理由
・従業員が家庭の事情(要介護者の看護等)により長期にわたり勤務が困難であり、会社として配置転換や勤務形態の変更等の対応を行ったが、それでも業務遂行が不可能である場合
具体例③:休職期間満了後の復職困難
・病気、ケガ、または介護により所定の休職期間が満了し、医師の診断書や本人との協議の結果、復職が困難と判断される場合
<ポイント>
就業規則に休職期間の上限を明記し、その期間を超えても復職できない場合に解雇が適用されることを示しています。ただし、運用上、解雇より自然退職扱いの方が企業側からすると使いやすいのでお勧めです。
例②:能力不足
従業員の能力不足を理由に解雇を行う場合、単なる主観や一時的な業績の低下ではなく、客観的かつ合理的な基準に基づくことが必要です。
具体例①:業務遂行能力の著しい不足
・業務遂行に必要な能力が著しく欠如し、改善のための指導・教育を行ったにもかかわらず、必要な水準に達しない場合
<ポイント>
解雇に至る前に教育や指導を行い、改善の機会を与えたことを示しています。
・担当業務で繰り返し重大なミスを発生させ、業務運営に著しい支障をきたしている場合
・担当業務のKPI(重要業績評価指標)が連続して6か月以上、最低基準を下回る場合
<ポイント>
単なる「能力が足りない」といった曖昧な表現ではなく、「具体的な業務要件」や「評価基準」に基づくことを示しています。
具体例②:職務適性の欠如
・配置転換や業務内容の変更を行ったにもかかわらず、いずれの職務でも業務遂行能力が著しく不足している場合
<ポイント>
・会社が従業員の適性に合った業務への配置転換を試みたが、全体として業務遂行が困難であった場合を明記しています。
具体例③:職場秩序への影響
・能力不足により頻発するミスが他の従業員に過度な負担を強いており、職場環境や業務の効率性に重大な支障をきたしている場合
<ポイント>
・能力不足が、業務運営や他の従業員の負担にどのように影響しているかを記載しています。
具体例④:資格等の喪失
・業務遂行に必要な資格・免許を喪失し、それに代わる適切な業務が見つからない場合
例③:規律違反
規律違反を理由に解雇を行う場合、普通解雇も可能ですが、重大なものは懲戒解雇が予定されます。懲戒処分の一種である懲戒解雇は懲戒事由やその内容をあらかじめ明らかにしておかないと直ちに無効となるため(罪刑法定主義)、規律違反については特に就業規則で具体的な違反行為を明記する必要があります。
具体例①:重大な規律違反行為
・無断欠勤が連続〇日以上に及び、会社からの連絡にも応答しない場合
・勤務中に会社の財産を無断使用し、損害を与えた場合
・勤務中にアルコールや薬物を摂取し、業務に支障をきたした場合
・他の従業員や顧客に対する暴力・脅迫・嫌がらせ行為を行った場合
・会社の秩序や信用を損なう行為
・業務上知り得た機密情報を第三者に漏洩した場合
・SNSやその他の手段で会社や顧客の信用を著しく毀損する発言や行為を行った場合
・故意に業務を妨害する行為や虚偽報告を繰り返した場合
具体例②:法令違反を伴う行為
・業務上の横領、窃盗、詐欺などの犯罪行為を行った場合
・職務中に重大な法令違反(例:交通違反、労働安全衛生法違反)を犯し、会社に損害を与えた場合
具体例③:ハラスメント
・セクシュアルハラスメント、パワーハラスメント、その他のハラスメント行為を行い、職場環境を悪化させ、被害者に身体的または精神的な被害を与えた場合
・ハラスメント行為を隠蔽する目的で、虚偽の報告や調査妨害を行った場合
・被害者への謝罪や改善を求められたにもかかわらず、行為を繰り返した場合
・ハラスメント行為により、会社の信用を著しく失墜させた場合
従業員の解雇を検討する際には弁護士に相談を
従業員を解雇する前に、就業規則の内容と整合しているかについて法的なチェックが欠かせません。また、業務改善に向けた指導や配置転換などを行い、その過程を記録・証拠化する必要があります。さらに、従業員への解雇通知書には合理的かつ説得力のある理由を記載する必要があります。
このような記録・証拠化や書面の検討は企業だけが行うには限界があります。労働問題の対応に長けた弁護士に相談することにより、不当解雇、解雇無効のリスクを回避することができます。
弁護士法人ブレイスは、普段から多数の労働問題に対応してきた実績があります。従業員を解雇する前に、是非ともご相談ください。労働トラブルの回避にお役に立てます。