労働審判とは?
働く人々と企業との間で生じる労働トラブルは、時に大きな摩擦を生み、双方にとって長い戦いになることがあります。裁判に頼ると、解決までに数年を要することも珍しくありません。そんな中、2006年に導入された「労働審判制度」は、迅速で効率的な解決方法として注目されています。
本コラムでは、労働審判制度とは何か、どのようなトラブルを解決できるのか、そしてそのメリットやリスクについて分かりやすく解説します。突然労働審判の申立書が送付された場合に備えるためにも、企業担当者の方は、ぜひ最後までご覧ください。
労働審判制度の概要と目的
労働審判制度は、労働者と企業の間で生じたトラブルを迅速に解決するために設けられた制度です。裁判所が仲裁役となり、双方の主張を聞いて、話し合いを進めながら適切な解決策を示します。
労働審判の目的は、訴訟のように長期間かけることなく、短期間で労働問題を解決することです。裁判では数年かかることもありますが、労働審判は原則として3回以内の期日で結論が出ます。
労働審判で解決できるトラブルの種類(解雇、未払い賃金など)
労働審判では、主に以下のような労働トラブルを扱います。
・解雇のトラブル:不当解雇や解雇の撤回を巡る問題
・未払い賃金:残業代や給料の未払いの有無に関する問題
・労働条件の変更:労働条件の変更の有効性を巡る問題
・パワハラ・セクハラ:職場でのハラスメント行為に関する問題
・退職勧奨:退職の成否や退職勧奨の適法性を巡る問題
訴訟との違い:労働審判の特徴とメリット・デメリット
○労働審判の特徴
スピード解決:原則として3回以内の審判期日で解決します。
柔軟な解決:話し合い(調停)を重視し、解決策の提案が柔軟です。
専門性:労働問題に詳しい裁判官や審判員(学者、弁護士、労働組合関係者、人事・労務管理経験者、社会保険労務士等の労使の専門家)が手続きに関わります。
○労働審判のメリット
時間が短い:訴訟よりもはるかに短期間で解決できます。
費用が抑えられる:訴訟よりも弁護士費用や手続き費用が少ないです。
手続きがシンプル:通常の訴訟ほど複雑ではありません。
○労働審判のデメリット
再審理の可能性:審判結果に納得できない場合、訴訟に移行する可能性があります。
拘束力が弱い:最終的に訴訟で争うと、解決まで時間がかかることもあります。
労働審判申立書が届いた際の企業のリスク
労働審判の申立書が届いたということは、労働者との間にトラブルが生じ、法的な対応が求められている状況です。適切な対応をしないと、企業にさまざまなリスクが発生します。
申立書の内容が示す法的リスクと対応の重要性
解雇が不当と認定されると、解雇の無効や賃金の支払い命令が出る可能性があります。労働審判から訴訟に移行して判決で未払い賃金が認定されれば、未払い額の支払いに加えて、遅延損害金や付加金(割増賃金等を支払わないことに対するペナルティ)が発生する場合もあります。
申立書には、労働者が主張する事実や請求内容が書かれています。労働審判では原則として40日以内に第1回審判期日が指定されますが、その第1回審判期日で心証をとられてしまいます。そのため労働者側の主張に対する企業側の反論はそれまでの約1か月以内に行わなければなりません。迅速かつ正確に対応しなければ、企業にとって不利な判断が下される可能性が高くなるため、申立書が届き次第、スピーディーな対応が重要となります。
労働審判に対応しない場合のリスク(判決、信用問題)
労働審判に参加せず放置すると、労働者の主張がそのまま認められる可能性があります。このことは労働審判だけにとどまらず、その後の労働訴訟にも事実上不利な影響を与えかねません。また、企業が労働問題を放置すると、外部からの信用が低下し、採用活動や取引にも悪影響を与える可能性もあります。さらに、異議を出さないまま審判が確定した場合、その審判に従わない場合、賃金や賠償金の支払いが強制執行されることもあります。
労働審判が企業経営に与える影響
労働審判が企業にもたらす影響は多岐にわたります。例えば、以下のようなものが挙げられます。
- 経済的損失:未払い賃金や損害賠償が認められた場合、経済的な負担が大きくなります。
- 労働環境の悪化:トラブルが公になることで、従業員の士気低下や退職につながる可能性があります。
- レピュテーションリスク:労働問題が明るみに出ることで、企業の評判が悪化し、取引先や顧客の信頼を失うリスクもあります。
労働審判の流れ
1. 申立書の送付と企業側への通知
労働者が裁判所に労働審判を申し立てると、裁判所から企業に「申立書」が送付されます。これには労働者側の主張や請求内容、証拠が記載されています。
2. 第一回審判期日(申立日から40日以内)までの準備(証拠収集・主張整理)
審判が始まる前に、企業側は以下の準備が重要です。
- 反論の整理:労働者の主張に対する自社の見解を整理します。
- 証拠収集:労働契約書、就業規則、給与明細、解雇通知書など、主張を裏付ける書類や証拠を準備します。
- 弁護士との連携:専門家と相談し、適切な対応方針を立てます。顧問弁護士がいない企業は代理人弁護士を探すだけで貴重な40日の大半を失います。
3. 審判委員会による審理と調停の試み
審判は、裁判官1名と労働関係の専門家2名で構成される「審判委員会」が行います。
- 双方の主張:労働者と企業側が、それぞれの主張や証拠を提出します。
- 調停の試み:審判委員会が双方の意見を聞き、和解や妥協点を探る調停を試みます。
4. 調停不成立の場合の審判決定
調停が成立しない場合、審判委員会が審判を行い、最終的な「審判決定」を下します。審判の内容に納得できない場合、企業または労働者は「異議申立て」を行い、訴訟に移行することができます。
労働審判申立書が届いた場合の対応方法
1. 速やかに申立書の内容を確認する
審判期日や書面提出の締切を確認し、余裕をもって準備を開始します。また、労働者の主張内容や請求の詳細を正確に把握します。
2. 弁護士への相談と対応方針の決定
労働問題は専門性が高いため、労働審判に精通した弁護士に早急に相談することが不可欠です。その上で、法的リスクを正確に把握します。弁護士の意見をもとに、解雇問題や未払い賃金など、具体的なトラブルごとに法的リスクや解決方針を明確にし、企業としての戦略を策定しましょう。適切な弁護士の選定が、労働審判の結果を左右します。
もっとも、顧問弁護士がいない企業は代理人弁護士を探すだけで貴重な40日の大半を失いますので、普段から顧問弁護士と労務相談など親密なやりとりをしているかどうかが重要となります。
3. 企業側の反論書作成と必要な証拠収集
労働者の主張に対して、自社の見解を示す「答弁書」を、依頼した弁護士が作成します。また、答弁書作成に先立ち、弁護士と打合せを行います。その際は、労働契約書、就業規則、給与明細、解雇通知書、メール履歴、出勤記録、面談記録など、反論を裏付ける証拠を揃えます。
なお、答弁書の提出期限は通常第一回審判期日の1週間~10日前です。第一回審判期日が申立日から40日以内に指定されることを考えると、いかに企業側の準備期間が少ないか(多くて2~3週間後)が理解できます。余談ですが、当事務所では初めて相談を受けた時点で答弁書の提出期限が3日後に迫っている事案もありました。
4. 審判期日に備えた戦略的な準備
審判期日では、審判委員会に対して自社の主張を明確かつ説得力をもって伝える必要があります。企業は、答弁書の内容を理解し、審判の流れを想定した弁護士との期日前の事前打ち合わせを徹底しましょう。さらに、調停案が提示された際に備え、譲歩可能な範囲や解決条件を事前に検討しておくことも重要です。
労働審判対応における注意点
申立内容の誤解を防ぐための正確な分析
労働者の申立書には事実関係や主張が書かれていますが、誤解や誇張が含まれていることもあります。冷静に内容を分析し、正確な事実関係を確認することが重要です。
感情的な対応を避け、法的根拠に基づく反論
労働問題は感情的になりやすいですが、法的根拠に基づいた冷静な反論が必要です。感情的な発言や対応は、審判委員会に悪印象を与える可能性があります。
調停案への対応と妥当な解決条件の検討
調停では、審判委員会が双方にとって妥当な解決案を提示します。企業側としても、完全に勝つことだけを目指すのではなく、リスクや費用を考慮した上での妥協案も検討することが重要です。
労働審判対応に関するご相談は弁護士法人ブレイスへ
労働審判を軽視せず、適切に対応することが企業のリスク回避につながります。労働審判に関しては、豊富な解決実績がある法律事務所へ委任することをお勧めします。
弁護士法人ブレイスでは、法的な知識と経験を活かし、的確な助言・解決を目指します。
ご不安な方は、遠慮なく当事務所までご相談ください。