企業における管理職は、組織運営の中核を担い、現場の実務と経営方針の橋渡しをする重要な存在です。しかし、現代の職場環境では、労務管理に関する知識や意識が不十分なまま管理職としての役割を求められることも少なくありません。その結果、意図せず労働トラブルの火種となってしまうケースも見られます。
本コラムでは、管理職が知っておくべき労務管理の基礎知識について、具体的なエピソードや判例を交えて解説します。
1.管理職と「管理監督者」の違い
労働基準法では、「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)は、労働時間や休息、休日に関する法規制が適用されません(法41条2号)。その結果、管理監督者には労働時間の制限や休憩・休日の保障が適用されず、時間外労働や休日労働時の割増賃金の支払いも義務づけられません。「管理監督者」には残業代が発生しないと言われる所以です。
ただ一方で、多くの企業で混同されがちなのが、「管理職」と「管理監督者」という言葉です。
労働基準法上の「管理監督者」とは、単に役職名として課長や部長であるというだけではなく、以下のような基準を満たす必要があります。
管理監督者に該当する3要素
1. 職務内容・責任および権限において経営者と一体的な立場にあること
2. 出退勤を含む労働時間に裁量が認められていること
3. その地位にふさわしい待遇(役職手当や賞与など)を受けていること
これらを満たさない者を形式的に「管理監督者」として扱い、時間外割増賃金の支払いを行っていないと、以下の裁判例のように、未払賃金の請求や労基署からの是正勧告を受けるリスクがあります。
【日本マクドナルド事件(東京地裁 平成20年1月28日判決)】
店長である原告が管理監督者に該当しないとされ、会社に対して未払残業代約750万円の支払いが命じられました。裁判所は、実態として労働時間の裁量が乏しく、賃金面でも優遇されていなかった点を重視しました。
2.管理職が陥りがちな労務管理の落とし穴
⑴ 長時間労働・残業問題
現場をまとめる管理職は、部下の勤務状況の管理が求められますが、業務量の増加や人員不足により、部下の残業が慢性化するケースも少なくありません。
例えば、あるIT企業では、プロジェクトの進捗に追われた課長が、部下に毎日22時以降までの残業を強いていました。課長自身も深夜まで働いており、部下の労働時間の管理まで手が回っていませんでした。数か月後、部下がうつ病を発症し労災申請しました。調査の結果、管理職による労働時間管理の不備が指摘されました。
企業としては、36協定の範囲を超える残業が常態化しないよう、勤怠状況の見える化や、管理職への教育が不可欠です。
⑵ ハラスメント(パワハラ・セクハラ)
管理職が自覚なくパワハラ・セクハラに該当する言動をしているケースもあります。さらに、部下間で起きたハラスメントに対して適切に対応しなかった場合も、管理監督の責任が問われる可能性があります。ハラスメント防止のためには、管理職が自らの言動に注意するとともに、部下間のトラブルにも敏感に反応する姿勢が求められます。
例えば、ある企業において、主任社員が、同僚に対し継続的に暴言や無視、過剰な業務の押し付けを行っていました。被害を受けた社員は、直属の上司である課長に繰り返し相談していましたが、課長は「個人間の問題だ」「多少厳しいのは仕方がない」と対応を先送りしていました。その後、被害者が精神的に不安定となり休職し、合わせて企業にパワハラの相談と主任や課長への処分を求めることになりました。その企業は社内調査の結果、主任のパワハラと課長のずさんな対応を認定し、両者に懲戒処分を下しました。
このケースは、パワハラを放置することが企業のリスクだけでなく、管理職個人にとっても法的責任につながることを示す象徴的な事例です。
3.管理職を守るための労務管理
⑴ 部下との関係での責任
管理職は、部下の業務管理だけでなく、メンタル面のケアや職場環境の整備にも関わる重要な立場です。特に注意すべきは、「管理責任」を果たしていないと判断された場合、管理職自身が懲戒処分の対象となることがある点です。例えば、部下のパワハラを黙認し、何の対応もしなかった管理職が「職場の秩序を維持する責任を怠った」として、企業から戒告処分や減給処分を受けるケースがあります。また、管理職の言動がパワハラに該当した場合は、その部下から損害賠償請求されることはもちろんですが、自らパワハラをしていなくとも、部下のパワハラを黙認していた場合も、管理職個人に対する損害賠償責任が認められる可能性も否定できません。
製造業のA社では、部下によるパワハラを上司(課長)が把握していたにもかかわらず、「本人同士で解決すべき」と放置しました。結果的に被害者が退職した後にその会社を提訴し、会社が多額の賠償を支払うことになりました。さらに、会社側は社内調査により管理職の対応を不適切と判断し、懲戒処分を実施しました。被害者からは加害者だけでなく、この管理職個人にも慰謝料請求がなされました。
このような事態になることを防止するためには以下の対応が有効です。
・ トラブルの兆候に気づいたら早期に上司や人事部へ報告する体制を整えること
・ 指導や注意を行った際は、その記録(日時・内容・反応)を必ず残すこと
・ 部下との定期的な面談を通じて信頼関係を築くとともに、問題の芽を早期に把握すること
ある介護事業所では、管理者が「パワハラがあった」との相談を受けた際、速やかに本社の人事部に報告しました。第三者による聞き取り調査を実施し、加害者には適切な指導を実施しました。この対応により被害者は安心感を取り戻し、早期に職場復帰できました。事後的にはこの管理者の判断と対応が社内でも高く評価され、管理者としての信頼を強める結果となりました。
管理職は組織を支える中核であり、その行動が職場全体に大きな影響を与えます。適切な労務管理によって、トラブルの予防と早期解決を図ることが、管理職自身を守る最大の防御策です。
⑵ 管理者自身のメンタルヘルス
管理職が労務管理に関する責任を果たすことは、部下を守るだけでなく、自らを守ることにもつながります。その一方で、近年では管理職自身が心身の不調を抱えるケースも増加しています。プレッシャーや長時間労働、孤独な意思決定など、管理職特有のストレス要因が重なり、うつ病や適応障害といったメンタル不調を訴える事例も少なくありません。
物流企業に勤務する課長職の男性は、新人社員の定着率が悪く、上層部から継続的なプレッシャーを受けていました。さらに、ハラスメント防止や勤怠管理などの対応に追われ、自分の業務が後回しに。次第に睡眠障害や食欲不振が現れ、最終的には休職を余儀なくされました。原因は、相談できる相手が社内におらず、一人で抱え込んでいたことにあったとされています。
管理職自身のメンタルヘルスを守るためのポイントは以下のとおりです。
・ 定期的に自身の健康状態を振り返る機会を持つ(セルフチェック)
・ 部下と同様に、管理職自身も産業医やメンタルヘルス窓口を活用する
・ 「一人で抱え込まない」ことを意識し、社内外の相談先を明確にする
・ 業務量が過多な場合は、遠慮せずに上司と調整を図る勇気を持つ
企業としても、管理職向けのストレスチェック制度の導入や、定期的な面談・研修を通じて「上に立つ人を支える仕組みづくり」が求められます。
管理職は、企業の中で多方面から期待を背負う立場である一方、自身の心身の健康管理にも目を向ける必要があります。管理職本人の安定が、職場全体の安定につながるという視点を持つことが、組織にとっても重要です。
4.労務管理に関して当事務所でサポートできること
私たち弁護士法人ブレイスでは、管理職や企業の労務担当者が安心して職場運営にあたれるよう、以下のようなサポートを提供しています。
① 管理職向け研修の実施
• ハラスメント防止研修
• 労働時間管理の基本
• 管理職としてのリスクマネジメント
② 就業規則・社内規程の整備
• 管理職向けマニュアルの作成
• ハラスメント防止規程の導入支援
③ 労務トラブルの相談・対応
• 初動対応の助言
• 文書作成(注意書、懲戒通知など)
• 従業員対応の立会い
④ 外部相談窓口サービス
• ハラスメントや内部通報制度の整備と運用支援
管理職が労務管理を正しく理解し、実践することは、企業全体の健全性を支える土台となります。専門的な知識が必要となる場面も多いため、早期の相談や研修の活用をおすすめします。
労務管理のことでお悩みの際は、ぜひ弁護士法人ブレイスにご相談ください。