企業の成長ステージに応じて最適な社内体制整備を支援

【第1回】令和8年10月施行のカスハラ対策義務化で企業はどう対応すべきか?
─中小企業が今から整えるべき実務対応を解説─

なぜ今、法制化なのか(改正の背景を解説)

1.社会的に「毅然とした方針の明確化」が進んだ流れ

近年、「カスタマーハラスメント(カスハラ)」に対して企業が毅然と対応すべきであるという社会的認識が急速に広がっています。
従来は「お客様は神様」という価値観のもと、過剰な要求であっても現場が我慢する傾向がありました。

しかし、

 ・従業員の人格を否定する暴言

・土下座の強要

・長時間にわたる執拗なクレーム

 といった行為は、明らかに企業活動の範囲を逸脱するものであり、「顧客対応」ではなく「ハラスメント」として扱うべきという流れに変わっています。
実際、大手企業を中心に「カスハラには対応しない」「悪質な場合はサービス提供を拒否する」といった方針を公表する動きが広がっています。

2.放置が招く「生産性低下」と「大量離職」

もし、カスハラを放置すれば、以下の理由により生産性が低下します。

・カスハラ対応に時間を取られることで本来業務が進まない
・カスハラのストレスによる集中力の低下やミスの増加
・カスハラを理由とする離職や休職に伴う人手不足・教育コストの増加

 また、カスハラの放置は労働環境の悪化を招きます。

従業員の不満や心理的負担が増大し、結果として大量離職や職場の崩壊につながるリスクもあります。

3.2022年に「企業マニュアル」、そして2025年に法制化へ

こうした背景を受け、令和4年(2022年)2月25日には厚生労働省がカスハラ対策の企業向けマニュアルを公表しました。

 厚生労働省:「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」等を作成しました!」

 さらにその流れを受け、令和7年(2025年)6月4日には法改正が行われ、企業に対してカスハラ対策を講じることが義務化されることとなりました(令和8年10月1日施行)。

つまり、カスハラ対策は「やった方がいい」ものから、「やらなければならない法的義務」へと変わったのです。

 

カスハラ対策の義務化とは何か?

1.「カスハラ」とは何か?

「カスハラ」とは、

  1. 職場(=労働者が業務を遂行する場所)において行われる
  1. 顧客等の言動であって、
  2. ③その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、
  3. 労働者の就業環境が害される(=一般に能力発揮に見過ごせない支障が生じる)もの

を指します。

「顧客等」の例として、
・事業主が販売する商品の購入やサービスの利用をする者 
・事業主の行う事業に関する内容等に関し問い合わせをする者 
・取引先の担当者
・企業間での契約締結に向けた交渉を行う際の担当者 
・施設・サービスの利用者及びその家族 
・施設の近隣住民

が挙げられます。

潜在的な顧客や今後取引する可能性のある者も含むため、顧客になる前でもカスハラとなり得ます。

また、「施設」の利用者やその家族の言動もカスハラになることが明記されました。この「施設」は従来からカスハラが問題となっていた、駅、空港、病院、学校、福祉施設、公共施設等が含まれます。

2.カスハラの具体例

カスハラの代表的な例としては、以下のようなものがあります。 

・暴言・威圧的な言動
・長時間にわたる拘束
・過大・不合理な要求(過剰な返金・謝罪要求など)
・SNS等での誹謗中傷・拡散

※詳細は第2回で紹介します。

当事務所でも、顧問先の介護施設から、利用者によるセクハラや家族から不当な要求などに困っているとの相談をよく受けていますが、今後はカスハラ対策の枠組みで対応することになります。

 また、前述のとおり、「施設の近隣住民」の言動もカスハラになり得ることも明記されましたが、当事務所でも以下のような近隣住民との対応に携わったことがあります。

これらの近隣住民側の言動もカスハラになり得ます。

  •  障がい者施設新規開設の際の住民説明会にて「障がい者は近隣住民を刺しかねない」などと障がい者差別ともいえる暴言を繰り返す。
  • 別の住民説明会にて「(法的根拠なく)迷惑料代わりに近隣住民に○○○万円くらいは配ってくれなあかんやろ」などと怒鳴りながら過剰な要求を繰り返す。
  • 介護施設の近隣住民が騒音を理由に施設長に毎日のようにクレーム電話や面談要求を繰り返し、施設長が対応に追われて通常業務を行えない状態になった(なお、騒音は受忍の範囲内かつ施設も可能な限り防音措置を講じていた)。

 

3.正当なクレームとカスハラの違い

重要なのは、「クレーム」と「カスハラ」は異なるという点です。

企業としては、正当なクレームには真摯に対応しつつ、カスハラには毅然と対応する線引きが必要ですが、実際にはその区別・線引きが難しいことが多いです。

区分

内容

正当なクレーム

商品・サービスの不備に対する合理的な指摘

カスハラ

過剰・不当・人格攻撃的な要求や言動

両者の違いは「社会通念上許容される範囲を超えた」言動か否かになりますが、この「社会通念上許容される範囲を超えた」言動は、社会通念に照らし、

① 当該顧客等の言動の内容が契約内容からして相当性を欠くもの、

  又は

② 手段や態様が相当でないもの

と定義されており、「契約内容」「手段・態様」の両面から相当性を判断することになります。

「クレーム」と「カスハラ」の線引きについては、厚生労働省が作成した以下の資料が参考になります。

【参考】

厚生労働省:「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」等を作成しました!

厚生労働省:事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針

※詳細は第2回で紹介します。

 

カスハラ対策が必要な理由

1.生産性への影響・サービス品質の劣化

カスハラ対応は通常業務以上に時間と労力を要し、電話対応やクレーム処理で本来業務が滞って生産性が下がります。強いストレスで判断力・集中力も落ち、対応ミスや業務ミスが増え、その結果サービス品質も低下します。

2.メンタル不調・休職・離職

暴言や威圧的言動は従業員に強い心理的負担を与え、出社困難、うつ症状、不安障害などの不調につながり得ます。さらに休職・離職に発展し、人材流出と職場の疲弊を招きます。

3.労災や安全配慮義務違反

カスハラが原因でうつ病等を発症すれば、労災と認定される可能性があります。さらに、企業には従業員の安全と健康を守る安全配慮義務があるため、カスハラを把握しながら対策を怠ると、安全配慮義務違反として損害賠償責任を負うリスクがあります。

4.管理職の疲弊・会社や組織への不信

カスハラは最終的に管理職が対応を抱えることが多い一方、対応方針やマニュアルがないと属人的な対応となり負担が管理職に集中します。

その結果、管理職の疲弊、対応のばらつきによるトラブル拡大、「会社は守ってくれない」という不信感が生じ、組織の士気低下や長期的な職場崩壊リスクにつながります。

5.悪評・炎上・レピュテーションリスク

顧客トラブルがSNS等で拡散される時代では、カスハラ対応が不十分だと「従業員を守らない」「不誠実」といった評価が広まり、企業イメージを大きく損ねます。

カスハラ対策は自社ブランドを守るためにも不可欠です。

6.採用難・定着率の悪化

働きやすさ・安心感が重視される中、対策が弱い企業は求職者に敬遠され、内定辞退や早期離職が増えやすくなります。特に若年層は「従業員を守る姿勢」を敏感に見ています。

カスハラ対策はリスク管理に加え、採用力・定着率を左右する経営戦略でもあります。

 

対策を怠った場合のペナルティは?

1,助言・指導・勧告の対象

行政による助言、指導または勧告の対象となる可能性があります(労働施策総合推進法・改正後法42条1項)。

2,企業名の公表

勧告に従わない場合、企業名の公表という重大なリスクもあります(労働施策総合推進法・改正後法42条2項)。

3,安全配慮義務違反による損害賠償責任

企業は従業員に対し安全配慮義務を負っています。
そのため、カスハラを放置した場合、安全配慮義務違反として損害賠償責任が認められる可能性があります。

4,損害賠償責任が認められた裁判例
──甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件:甲府地裁 平30.11.13判決──

市立小学校の教諭が児童宅の飼い犬に咬まれたことについて保護者に保険の有無を尋ねたところ、児童の保護者は「地域の人に教師が損害賠償を求めるとは何事か」などと言いながら逆に当該教諭へ謝罪を強要した。

校長は当該教諭の言動を一方的に非難し、また、事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるために安易に当該教諭に対して保護者に謝罪するよう求めた。実際に、教諭は床に膝を着き、頭を下げて保護者に謝罪をしている。

このような校長の対応について、裁判所は、教諭の自尊心を傷つけ、多大な精神的苦痛を与えたとして不法行為と判断し、市や県は損害賠償責任を負うと判断した。

5,損害賠償責任が否定された裁判例
──東京地裁 平30.11.2判決──

買い物客とトラブルになった小売店の従業員が、会社に対し、労働者の生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮を欠いたとして、損害賠償請求を求めた事案。

会社による以下の措置から、店員が接客においてトラブルが生じた場合の相談体制が十分整えられていたとし、安全配慮義務違反が否定された。

  • テキストを配布してクレームへの初期対応を指導していた
  • 店舗マネージャー不在時にも「サポートデスク」等に連絡をすることができるようにしていた
  • 店舗には、店舗マネージャー等の緊急連絡先や近隣店舗の連絡先が掲示されていた
  • 各店舗のレジカウンターには通報用の緊急ボタンが設置され従業員に周知されていた
  • 深夜の従業員を1名ではなく必ず2名以上の体制としていた
  • 接客態度について指導する一方、当該客へ謝罪するとともに、退職要求に応じることなく、関係が修復されるよう双方に働きかけた
  • 当該従業員に他店で1週間勤務させる等して2か月程度トラブルを鎮静化させた後、トラブルが再発した際には、入店拒否措置の可能性を当該客に伝え、その後来店しなくなった

 

このように、カスハラへの適切な対応体制が整備・実行されていた場合には、企業側も損害賠償責任が否定されるケースもあります。
つまり、事前の体制整備が極めて重要になります。

 

改正により何が企業の義務になるのか?

1.方針の明確化と社内周知が義務になる

事業主は、職場におけるカスタマーハラスメントに関する方針を明確にし、労働者へ周知・啓発することが求められます。
具体的には、①カスハラには毅然と対応し労働者を保護する方針を示すこと、②カスハラの内容と対処方法を労働者に周知することが必要になります。

2.相談窓口・相談対応体制の整備が求められる

事業主は、労働者からの相談に適切かつ柔軟に対応できる体制を整える必要があります。
具体的には、①相談窓口を設置して周知すること、②窓口担当者が適切に対応できるようにすることが求められます。

3.カスハラ発生時に迅速かつ適切に対応する体制が必要になる

相談申出があった場合、事業主は事実関係を迅速・正確に確認し、適正に対処することが必要です。
具体的には、①事実確認、②(カスハラが確認できた場合)被害者への配慮措置、③方針の再周知と必要に応じた再発防止措置を講じます。

4.悪質なカスハラを抑止する措置も必要になる

カスハラ抑止のため、事業主は実効性ある措置を講じることが求められます。
例として、警察通報、警告文の発出、販売・提供の拒否、出入り禁止、民事保全法に基づく仮処分申立てなどが挙げられます。

5.プライバシー保護と相談者への不利益取扱い禁止に注意

カスハラに関する情報は相談者のプライバシーに当たり得るため、適切な保護措置が必要です。あわせて、相談や事実確認を理由に不利益取扱いをしない旨を定め、周知・啓発することが求められます。

【参考】

厚生労働省:「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」等を作成しました!
厚生労働省:事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針

※詳細は第3回で紹介します。

 

中小企業がまず整備すべきカスハラ対策実務

基本方針を作成し、社長メッセージとして示す

カスハラ対策は現場任せでは機能しないため、社長が「会社としてどこまで対応し、どこから対応しないか」の基準を示すことが重要です。

具体的には、カスハラを許容しない方針、従業員を守る姿勢、悪質な場合は対応を打ち切る方針を文章化し、社内外に発信します。社長名のメッセージがあることで、現場は「会社が守ってくれる」と安心し、顧客にも毅然とした対応がしやすくなります。

現場で迷わない対応マニュアルを作る

判断が属人化すると対応のばらつきでトラブルが拡大します。

そこで、カスハラの具体例、初期対応、上司や人事部への引き上げ基準、対応打ち切り基準、警告・出入禁止等の判断基準をマニュアルに明記します。「誰が対応しても同じ判断になる」状態を作ることで、現場の心理的負担も軽減できます。

一次対応者と管理職への研修を実施する

トラブル拡大を防ぐには、一次対応者と管理職双方の教育が欠かせません。

研修では、カスハラと正当なクレームの見分け方、初期対応の基本、NG対応、人事部等への移管判断、危険時の対応などを扱い、ロールプレイで実践力を高めましょう。個人頼みから「組織の対応力」へ引き上げることが目的です。

録音・記録・報告のフローを決めて証拠を残す体制を整える

「言った・言わない」にならないように、通話録音(事前アナウンス整備)、面談記録(日時・発言・状況)、クレーム履歴の一元管理、社内報告フローを整備しましょう。

※詳細は第3回で紹介します。

 

まとめ:まだまだ間に合うカスハラ対策整備・改正対応

令和8年10月の施行まで、準備の時間は残されています。
もっとも、カスハラ対策は「方針を作れば終わり」ではなく、現場で実際に定着することが不可欠であるため、着手が遅れるほど実効性のあるカスハラ対策が間に合わなくなります。
繰り返しになりますが、カスハラ対策は、従業員を守るだけでなく、離職や生産性低下を防ぎ、企業価値を守る“経営課題”です。
弁護士法人ブレイスでは、改正を見据えたカスハラ対策を、「制度への理解」から「社内への浸透」まで一気通貫で支援します。

具体的には、次のような対応が可能です。

①現状の診断(簡易監査)

会社の業種や現場の実態を踏まえ、足りない点と優先順位を整理し、「まずは何から着手すべきか」を明確化して提案します。

②社内ルールの整備

基本方針(社長メッセージ)、対応マニュアル(引上げ基準や対応打ち切り基準も提案)、記録様式などを会社に合わせて作成・改訂します。

書式の提供と運用フローの整理

警告文、来店(対応)拒否、出入り禁止、取引停止など、悪質事案に備える実務的な書式と、社内の承認・報告フローをセットで整備します。

研修・ロールプレイ

一次対応者・管理職向けに、線引き(正当クレームとの区別)と初動対応を中心とした実践型社内研修を実施します。

個別案件への窓口対応

現に発生しているカスハラについて、対応方針の助言、相手方対応の代理、必要に応じた警察への相談や法的措置(仮処分や訴訟等)まで支援します。

 

「何をどこまでやれば足りるのか」「現場が迷わない形に落とせるか」がカスハラ対策の成否を分けます。
改正対応・カスハラ対策を“形だけ”に終わらせず、実効性のある仕組みとして整備したい企業様は、ぜひ弁護士法人ブレイスへご相談ください。

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