ブレイスコラム
労務管理は負け裁判に学べ!
~カスタマーハラスメントに対する使用者の責任を中心に~
- 負け裁判の概要
- なぜ会社は負けたのか?
- 勝つために会社は何をすべきか?
- カスハラ対応のセミナーを実施します!(9月19日)
- 日時:令和6年9月19日(木)16:00~17:00
- 参加方法:オンライン開催(Zoom)
- 申込方法:WEBお申込み
下記URLよりお申込みください。
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- ① クレームの内容は間違っていないが、クレーム頻度が異常。これはカスハラなのか?
- ② カスハラに疲弊した従業員から「もう辞めたいです…」、どうやって助けるのか?
- ③ カスハラとは戦うことを決めた!でも、「戦う」って何をすればよいのか?
- ① カスタマーハラスメント(カスハラ)とは?
カスハラの定義や具体例、カスハラか否かの判断基準を解説 - ② カスタマーハラスメントと企業の責任を巡る裁判例
カスハラ対策を取り組んだか否かで結論が分かれた裁判例を解説 - ③ 企業が取るべきカスタマーハラスメント対策
相談対応体制、初期対応での留意点、従業員への配慮の措置などを解説 - ④ カスタマーハラスメントの行為別対応例
ブレイスが担当した実際のカスハラに対する対応例を行為別に解説 - セミナーに使用したレジュメの紙資料の交付及びデータ提供
- カスタマーハラスメントに対する基本方針、社内周知文書、カスハラ顧客への警告書などの各種書式のデータ提供
はじめに
労働法の分野では、会社に厳しい判断を下す裁判例が多数存在します。令和に入っても、相変わらず会社の「負け裁判」が相次ぎ労務担当者の方々は頭を悩ましているでしょう。 もっとも、会社の「負け裁判」は、正しい労務管理を目指す企業にとって「学びの宝庫」です。「負け裁判」の敗因を分析し、その敗因から正しい労務管理のあり方を発見し実践することができます。
今回は、その「負け裁判」として、甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件(甲府地裁 平30.11.13判決)を紹介します。
興味のある方は書籍もご覧ください。
労務管理は負け裁判に学べ! なぜ負けたのか?どうすれば勝てたのか?
労務管理は負け裁判に学べ!2
負け裁判の概要
本件は、小学校教諭であるXが、市立小学校のA校長からパワハラを受けてうつ病に罹患し、休業し、精神的苦痛を受けたなどと主張して、市と県に対して損害賠償等を求めた事案である。パワハラか否か争われた事実は多岐にわたるが、今回は、そのうち保護者からの不当な要求に対してA校長がXに謝罪を強いた経緯を紹介する。
Xは、平成24年8月26日、自身が担任する学級に所属する女子児童の自宅を訪問したところ、その庭において飼い犬に咬まれ、約2週間の加療を要する傷害を負った(以下、犬咬み事故」)。
Xは翌8月27日の夜、電話で、児童の母に対し、「賠償保険という保険に入っていたら、使わせていただきたい」などと話した。児童の母は、保険には入っていないと答え、治療費はいくらかかったかを尋ねた。Xは、保険に入っていないのであれば、犬咬み事故については仕方がないと思ったが、今後同じような事故が起きた場合の備えとして、児童の母方の祖父が旅行会社を経営していて保険に詳しいと思ったことから、そうした保険のことについて「ご相談なさってみてはいかがでしょうか。」などと話した。児童の父母は,さらに翌8月28日の夜、X宅を訪れ、犬咬み事故について謝罪するとともに治療費を支払わせてほしいと申し出たが、Xは、気持ちだけで十分であるとして、これを辞退した。なお、児童の父母の帰り際に、Xの妻が、「主人は学校教員でもありますし、けがをしたからといって普通の人のように怒ったり何とかというようなことじゃなくて、教育的なことの中で、言いたいことも言えないんですけども、そういうことはご理解いただきたい」などの発言をした。
ところが、さらに翌8月29日午後、A校長は、児童の父から電話を受け、犬咬み事故について、昨夜はXとの間で犬咬み事故の補償は不要ということで話が収まったが、Xがまだ補償を求めている、Xの児童の母に対する電話での話が脅迫めいているといったことを言われ、A校長を交えてXと話がしたいと言われた。
そこで、A校長は、Xに対し、犬咬み事故について報告書を提出させたが、A校長は、その報告書を読み、Xに対し、Xが児童の母に対して「賠償」という言葉を使ったこと、児童の祖父を引き合いに出して保険の話をしたことを非難した。
さらに、児童の父と祖父は、その日の午後5時30分頃、小学校を訪ねてきて、校長室において、A校長及びXと面談した。児童の父と祖父は、前夜にX宅を訪問した際に、帰り際に、Xの妻から、「そうは言っても補償はありますよね」などと言われ、その口調や態度等から脅迫されていると感じ、児童の母が、怖くて外に出られず床に伏せっているなどと言った。
児童の祖父は、A校長から見せられた報告書に「賠償」という言葉が記載されていることについて、「地域の人に教師が損害賠償を求めるとは何事か」などと言って、Xを非難した。そして、Xに対し、「強い言葉を娘に言ったことを謝ってほしい」などとして謝罪を求め、児童の父も同調した。
A校長は、児童の母に対するXの発言に行き過ぎた言葉があったとして、Xに対して、児童の父と祖父に謝罪するよう求め、Xは、ソファから腰を降ろし、床に膝を着き、頭を下げて謝罪し、Xはつらい思いをした。
A校長は、児童の父と祖父が帰った後、Xに対し、「会ってもらえなくとも、明日、朝行って謝ってこい。」と言い、翌日に児童宅を訪問し、児童の母に謝罪するよう指示した。
Xは、犬咬み事故の4日後である平成24年8月30日、うつ病と診断されて、それ以降年次有給休暇を取得した後、傷病休暇の取得及び休職した。
なぜ会社は負けたのか?
本件は、保護者から教諭への不当な要求に対して、A校長を中心とする学校側の対応のまずさが原因で市や県に損害賠償責任が認められた事案であり、「カスタマーハラスメント」の部類に属するものですが、カスタマーハラスメントに対する正しい対応策を講じていないことが大きな敗因といえます。
1.敗因1:教諭(労働者)の対応が悪いと決めつけていること
A校長が、Xから提出された犬咬み事故に関する報告書の内容を確認し、Xを一方的に非難した行為について、裁判所は「Xに対し、職務上の優位性を背景に、職務上の指導等として社会通念上許容される範囲を逸脱し、多大な精神的苦痛を与えたものといわざるを得ない」と判示しました。
Xは、犬咬み事故に関しては、全くの被害者であり、被害に遭ったことについてXに過失はありませんでした。Xが児童の保護者に対して犬咬み事故による損害の賠償を求めたとしても、正当な権利の行使であり何ら非難されるべき理由はありません。それにもかかわらず,A校長は、独自の思い込みによりXを一方的に非難したものであって、カスタマーハラスメント対策としてはあってはならない対応です。
普段から、保護者からの不当な要求に対して、その対応方法や手順などマニュアルを策定し、また対応ルールについての教育・研修が実施されていれば、本件もA校長による独自の思い込みを回避できていたのかもしれません。また、被害者のための相談対応体制を整備し、この種の不当な要求に対して、X個人の問題としてとらえず、組織的に対応する体制を整備できていれば、また違った結果もあったのではないかと思われます。
このように、A校長が教諭(労働者)の対応が悪いと決めつけていたこと、さらにはそのような独自の決めつけが発生しないように普段から組織的な予防対策を講じていなかったことが、本件の敗因となります。
2.敗因2:不当な要求に対して安易に方法で解決を図ろうとしたこと
裁判所は、本件児童の父および祖父との面談の際に、本件児童の父と祖父の言動やXに対する謝罪の要求が理不尽なものであったにかかわらず、A校長が、Xに対し、何ら理由のない謝罪を強いたうえ、さらに翌朝本件児童の母に謝罪するよう指示した行為についても、「不法行為をも構成するというべきである」としました。
A校長は、児童の父と祖父の理不尽な要求に対し、事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押され、その場を穏便に収めるために安易に行動したというほかなく、裁判所もこのように述べてA校長の対応を非難しています。
このようなクレーム内容・要求内容は丁寧に聞き取る必要がありますが、そのうえで、不当な要求に対しては、その場しのぎで要求に応じるのではなく、対応できないことははっきり断る必要があります。A校長としては、その場で判断がつかない場合、相手を落ち着かせるために「後日回答する」など冷却期間を設けてもよかったといえます。
いずれにせよ、不当な要求に対して、Xの謝罪という安易な方法で解決を図ろうとしたことが、本件の敗因となります。
勝つために会社は何をすべきか?
本件のように、顧客から従業員へのカスタマーハラスメントの対応を誤れば、会社に損害賠償責任が認められる可能性があります。
カスタマーハラスメントとは、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と定義されています。
このようなカスタマーハラスメントに対して、会社は以下のような対策を講じるべきです。
1.事前対応:カスタマーハラスメントを想定した事前の準備
①事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発
②従業員(被害者)のための相談対応体制の整備
③対応方法、手順策定
④社内対応ルールについての従業員等への教育・研修
2.事後対応:カスタマーハラスメントが実際に起こった際の対応
⑤事実関係の正確な確認と事案への対応
⑥従業員への配慮の措置
⑦再発防止のための取組
⑧ ①~⑦までの措置と併せて講ずべき措置
本件では、特に、⑤事実関係の正確な確認と事案への対応と⑥従業員への配慮の措置に問題がありましたので、この点を詳細に説明します。
まず、⑤事実関係の正確な確認と事案への対応について、顧客からカスタマーハラスメントを受けた際は、被害を受けた従業員に責任を負わせるのではなく、現場監督者を中心に組織的に対応する必要があります。
顧客のクレーム内容・要求内容は丁寧に聞き取る必要がありますが、そのうえで、不当な要求に対しては、その場しのぎで要求に応じるのではなく、対応できないことははっきり断る必要があります。その場で判断がつかない場合は、相手を落ち着かせるために「後日回答する」など冷却期間を設けるのもよいでしょう。仮に、何かしら謝罪をして落ち着かせるべき状況であったとしても、対象を明確にした上で限定的に謝罪する必要があります。例えば、「この度は不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません」などです。
暴言や怒号を繰り返す顧客に対しては、録音(公開録音か秘密録音かはケースバイケースです)で対応しましょう。落ち着いて話ができない場合は、責任のある立場の者から顧客へ帰ってもらう旨を伝え、特に悪質な場合は出入り禁止を通告する必要もあります。
次に、⑥従業員への配慮の措置については、何よりも第一優先すべきことは「従業員の安全の確保」です。顧客から暴力や暴言などがあれば、現場監督者が顧客対応を代わり顧客から従業員を引き離すことが必要になります。また、悪質なケースは、弁護士や警察と連携して対応することも必要になります。
また、「従業員の精神面への配慮」も不可欠です。カスタマーハラスメントの被害を受けた従業員が精神疾患にならないように、相談など精神的なサポートのほか、産業医、産業カウンセラー、臨床心理士等によるアフターケアが必要となります。元気がない状況が続けば、医療機関への受診を勧める必要もあります。また、従業員がストレスをため込みすぎないように、普段から、上手く接客対応した従業員への表彰やクレーム窓口対応者間の懇親会など(息抜き、共感の機会)の工夫も必要となります。
カスハラ対応のセミナーを実施します!(9月19日)
このように、従業員からカスハラの申告を受けた場合に備えて、会社としては、適切な対応を行えるような体制を整えておく必要があります。ところが、多くの中小企業が、このような体制を整えられていないのが現状です。また、実際のカスハラに直面したときに、顧客サービスとの線引きの難しさ、正当なクレームとの区別の難しさ、実際の対応の難しさから、どうしたらよいか分からないまま手が付けられない企業も多数存在すると思われます。
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